資金繰りに窮した局面で不利な条件の取引に至る仕組みと、その回避の方法

この記事の位置付け
ファクタリングの検討は、取引の仕組みと負担の構造を理解する場面と、個別の業者及び契約の内容を見極める場面とに分かれますので、次のとおり切り分けます。本ページは、資金繰りに窮した局面で不利な条件に至る仕組みと回避の方法を扱います。
▶ ファクタリングの問題点 負担の水準、契約の内容及び運用の実態から見た留意事項
同じ主題を扱う関連ページ
- ▶ ファクタリングの問題の本質 資金繰りの構造から見た4つの論点
- ▶ 売掛金の早期の資金化 手続の流れ、必要となる資料及び各段階で確認すべき事項
- ▶ ファクタリングとは 法的な構造、取引の類型、負担の把握の方法及び契約上の留意事項
- ▶ ファクタリングの審査 判断される事項、必要となる資料及び審査の結果から把握することのできること
- ▶ ファクタリング契約書において確認すべき条項 条項ごとの意味と留意点
- ▶ ファクタリング業者を選ぶ際に確認すべき事項 契約の内容及び取引の態様から把握することのできること
- ▶ ファクタリングを名目とする取引の実質が金銭の貸付けであると疑われる場合 法律関係と採り得る対応
- ▶ ファクタリングの取引条件が他の資金調達手段と大きく異なる理由
資金繰りに窮した局面において、通常であれば選択しないような条件の取引に至ってしまうことがあります。当事務所に寄せられるご相談においても、契約の内容を確認する余裕がないまま署名押印したという事案が少なくありません。
本ページでは、このような判断に至る仕組みを整理し、その回避の方法を述べます。仕組みを理解しておくことは、ご自身の判断を点検する手掛かりとなります。個別の事案における結果を保証するものではありません。
不利な条件の取引に至る仕組み
第1に、期限が切迫していることです。支払期日が数日後に迫っている状況では、比較のための時間がありません。1社の提示を受け入れるほかない状態となります。
第2に、選択肢が限られていることです。金融機関からの借入れ、公的な支援の制度は、手続に時間を要します。当面の期日に間に合わないという理由で、検討の対象から外されます。
第3に、負担の水準が把握されていないことです。手数料は額面に対する割合として示されますので、年率に引き直した水準が意識されません。額面の10パーセントの手数料で期間が1箇月である場合、年率に引き直した負担は約133パーセントに相当します。
第4に、一時的なものであるという見込みを前提としていることです。今回だけであるという前提のもとでは、負担の累積が考慮されません。
第5に、比較の対象が失われていることです。既に条件の厳しい取引を経験しますと、それが基準となり、更に厳しい条件についても判断が鈍ります。
この局面において生じやすい行為
期日を越えることが最優先となりますと、次のような行為に至る事案があります。いずれも、民事上の責任にとどまらず、刑事上の責任が問題となる行為です。
第1に、事実と異なる資料を提出することです。実在しない債権に関する資料を作成し、又は金額を過大に記載した資料を提出した場合には、詐欺罪(刑法第246条第1項)、私文書偽造罪及び同行使罪(同法第159条第1項、第161条第1項)の成否が問題となります。
第2に、既に譲渡した債権を重ねて譲渡することです。事実を秘して譲渡した場合には、詐欺罪の成否が問題となります。
第3に、回収した資金を他の支払に充てることです。分別して管理すべき旨が定められている場合には、横領罪(同法第252条第1項)の成否が問題となります。
第4に、内容を確認しないまま新たな書面に署名することです。強制執行を受諾する旨の記載のある公正証書が作成されますと、判決を得ることなく強制執行を受ける状態となります(民事執行法第22条第5号)。
第5に、連帯保証、不動産の担保、株式の担保を新たに差し入れることです。事業と個人の責任が結び付き、また会社の支配が移転することがあります。
回避の方法
第1に、期日の前に判断の時間を確保することです。支払期日の1週間前の時点で、履行することができるかどうかを確認してください。この時点で不確かである場合には、直ちに検討を開始します。
第2に、負担の水準を年率に引き直すことです。実際に受領する金額を基準として、差額を期間で除してください。
第3に、公的な支援の制度、金融機関からの借入れの可否を、平時から確認しておくことです。手続に時間を要しますので、必要となってからでは間に合いません。
第4に、支払の優先順位を定めておくことです。人件費、仕入代金、公租公課、賃料、借入金の返済の優先順位をあらかじめ定めておきますと、判断が容易となります。
第5に、署名押印の前に第三者に確認することです。特に、連帯保証、担保の差入れ、公正証書の作成に関する書面については、必ず確認してください。
法令の適用に関する前提
ファクタリングは売掛債権の売買であり、金銭の貸付けではありませんので、貸金業法、利息制限法及び出資法の適用はありません。したがって、手数料の水準が高いことのみを理由として、これらの法令に違反するということにはなりません。もっとも、売買の形式が採られていても、その実質において金銭の貸付けと同視すべきであると判断された下級審裁判例がありますので、契約の内容及び運用の実態によっては、別途の検討を要します。
したがって、資金繰りが逼迫していたことを理由として、既に成立した取引の効力を否定することはできません。契約の締結の前の確認が、唯一の予防となります。
もっとも、重要な事項について事実と異なる説明を受け、これによって誤認して契約をした場合には、詐欺(民法第96条第1項)を理由とする取消しが問題となります。また、負担の水準、契約の内容及び締結の経緯を総合して、公の秩序又は善良の風俗に反するものとして無効とされる余地があります(同法第90条)。
この局面において確認しておくべき資金調達の選択肢
第1に、金融機関からの借入れです。既存の取引がある金融機関に対しては、資金繰りの見込みを示したうえで相談することができます。審査に時間を要しますので、必要となる前に相談することが重要です。
第2に、信用保証協会の保証付融資です。保証料が加算されますが、水準は借入れに準じます。
第3に、既存の借入れの条件の変更です。返済の期間の延長、元本の据置きにより、当面の資金の流出を減らすことができます。
第4に、公的な支援の制度です。災害、感染症の流行等の局面においては、政府系金融機関の融資、給付金、猶予の制度が設けられることがあります。
第5に、公租公課の納税の猶予です。一時に納付することが困難である場合には、猶予の申請を検討することができます。滞納処分による売掛債権の差押えを避けることは、資金繰りの維持において重要です。
第6に、取引先との協議です。支払条件の変更、支払の猶予について協議することにより、必要となる資金が減少することがあります。
支払の優先順位の考え方
第1に、人件費です。従業員の生活に直結するとともに、遅滞が生じますと施工体制又は営業体制そのものが維持できなくなります。
第2に、事業の継続に不可欠な仕入代金です。停止されますと、売上そのものが生じなくなります。
第3に、公租公課です。滞納処分により売掛債権が差し押さえられますと、資金繰りが直ちに破綻します。
第4に、賃料及び光熱費です。事業の拠点を失うことは避けなければなりません。
第5に、金融機関からの借入れの返済です。条件の変更に応じてもらうことができる場合があります。
第6に、ファクタリングの引渡しです。もっとも、遅滞しますと売掛先に対する債権譲渡の通知が送付されることがありますので、優先順位が低いことのみを理由として放置することはできません。業者との協議を並行して進める必要があります。
判断を誤らないための手順
第1に、支払期日の1週間前に、履行することができるかどうかを確認してください。この時点で不確かである場合には、直ちに検討を開始します。
第2に、不足する金額を確定してください。感覚ではなく、資金繰り表により算出します。
第3に、上記の選択肢を順に検討してください。ファクタリングを最初の選択肢としないでください。
第4に、なお不足する場合には、負担の水準を年率に引き直したうえで比較してください。
第5に、契約書の条項を確認してから署名押印してください。特に、連帯保証、担保の差入れ、公正証書の作成に関する書面については、必ず確認してください。
第6に、1回で終了することができるかどうかを確認してください。次の期日にも同じ不足が生じる見込みであるならば、その時点でご相談ください。
署名押印を求められた場面における具体的な対応
第1に、書面の全文を読む時間を求めてください。その場での署名押印を強く求められる場合には、当該取引を見送ることが安全です。
第2に、書面の写しの交付を求めてください。写しがなければ、後に内容を確認することができません。
第3に、連帯保証に関する書面については、保証の範囲と期間を確認してください。保証の意思表示は書面によらなければ効力を生じません(民法第446条第2項)。
第4に、担保の差入れに関する書面については、実行の要件と方法を確認してください。
第5に、公正証書の作成に関する委任状については、強制執行を受諾する旨の記載がされるかどうかを確認してください(民事執行法第22条第5号)。
第6に、白紙の書面には署名押印しないでください。用途及び範囲が記載されていない委任状は、想定していなかった手続に用いられるおそれがあります。
本ページの位置付け
本ページは、資金繰りに窮した局面において不利な条件の取引に至る仕組みと、その回避の方法を整理したものです。
不利な条件の取引に至るのは、判断の能力の問題ではなく、期限の切迫、選択肢の制約、負担の水準の不可視性という条件によるものです。したがって、回避の方法も、意思ではなく手順によることとなります。
既にこの局面にある場合には、次の期日を迎える前にご相談ください。
いま確認していただきたいこと
1 次回の支払期日と、履行することができるかどうかを確認してください。
2 業者ごとの残額、支払期日、担保の有無及び通知の有無を一覧にしてください。
3 直近1年間の負担の合計を算出し、同じ期間の営業利益と比較してください。
4 署名押印した書面の一覧を作成してください。
5 提出した資料の内容が事実に即しているかどうかを確認してください。
6 今後3箇月の資金繰りを、日単位で作成してください。
よくあるご質問
期日が明日です。どうすればよいでしょうか。
業者へ連絡し、期日に支払をすることができないという事実、理由、入金の見込み及び現時点で支払うことのできる金額を伝えてください。新たな取引により期日を越えることは、負担を累積させます。
他の業者から資金を得て支払うことは避けるべきでしょうか。
手数料が累積し、負担は加速度的に増大します。一時的に期日を越えることができても、次の期日はより困難となります。
事実と異なる資料を提出してしまいました。
業者から指摘を受ける前の段階が、最も選択肢の広い局面です。直ちにご相談ください。
連帯保証を求められています。
事業と個人の責任が結び付きます。署名の前にご相談ください。
公正証書の作成に関する委任状を求められています。
強制執行を受諾する旨の記載のある公正証書が作成されますと、判決を得ることなく強制執行を受ける状態となります。署名の前にご相談ください。
資金繰りが苦しかったことを理由に、契約を取り消せますか。
逼迫していたことのみを理由として取り消すことはできません。もっとも、重要な事項について事実と異なる説明を受けた場合には、取消しが問題となります。
おわりに
資金繰りに窮した局面において不利な条件の取引に至るのは、判断の能力の問題ではなく、期限の切迫、選択肢の制約、負担の水準の不可視性という条件によるものです。
したがって、回避の方法も、意思ではなく手順によることとなります。期日の1週間前に確認する、負担を年率に引き直す、優先順位をあらかじめ定める、署名の前に第三者に確認するという手順を定めておいてください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
資金繰りが逼迫した局面での判断に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
ご留意事項
本ページの記載は、資金繰りが逼迫した局面における判断に関する一般的な法制度及び当事務所の取扱いの説明であり、個別の事案について一定の結果を保証するものではありません。見通し、要する期間、回収し又は負担する金額その他の帰結は、事案ごとの事実関係及び資料によって異なります。
また、課税関係につきましては税理士の職域ですので、当事務所において判断することはいたしません。税務上の取扱いについては、顧問税理士にご確認ください。
法令の改正、裁判例の集積により内容が変わる場合には、記載を改めます。実際のご依頼に際しましては、必ず個別にご相談ください。ご相談の内容は、弁護士法上の守秘義務に基づき秘密を厳守いたします。
出典
- 民法第90条、第96条第1項
- 民事執行法第22条第5号
- 刑法第159条第1項、第161条第1項、第246条第1項、第252条第1項
- 貸金業法第2条第1項
- 利息制限法第1条
- 出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律第5条
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。


